山科区・旧九条山浄水場跡地の活用事業者は『強羅花壇』
強羅花壇を選定、敷地1・1㌶に32室の宿泊施設、展望露天風呂なども整備/旧九条山浄水場跡地の活用事業者/京都市
京都市は、旧九条山浄水場跡地(京都市山科区・東山区)の敷地約1万1000平方㍍を取得して活用する事業者を決める公募型プロポーザルを実施し、神奈川県箱根町で温泉旅館などを開発・運営する強羅花壇(東京都港区)を優先交渉権者に選んだ。広大な敷地に32室のみの客室構成とし、屋外展望テラスや展望露天風呂、プール、フィットネスジム、エステサロンなどを設ける。土地の取得希望価格は15億円。
強羅花壇 GORA KADAN
確実に日本の会社の響きではなさそうな『四文字熟語』のような「社名」です。
これは外資系に違いないと地理的な知識の無い私はまず思ってしまいました。
ググります、公式HPです。
スパとプールがあるラグジュアリーな「旅館」だそうです。
会社(旅館)の所在地は
〒 250-0408 神奈川県足柄下郡箱根町強羅1300
強羅(ごうら)とは箱根にある地名なのですね。
近くに『強羅』駅があります。
他も調べてみるとこんな記事が
昭和27年の創業以来、日本を代表する旅館として世界各国の要人をもてなし続ける「強羅花壇」。強羅の凛とした空気が似合う門をくぐると、伝統的な和の素材を現代流に活かしたモダンな雰囲気漂う空間が広がります。幾度の改修を経て、時代に寄り添う理想郷へと進化を続け、一休.com年間予約数も常にトップクラス。ユーザーから絶大な支持を誇る名旅館の代表取締役社長・女将の藤本三和子様に、「強羅花壇」流のおもてなしと想いについておうかがいしました。
プロフィール:
聖心女子学院を卒業し、イタリアのボローニャに留学。
留学後、通訳の業務に携わる。その後、強羅花壇にて家業を継ぐ。
花壇という言葉は旅館の名前によくついているようです。
より強羅の歴史を知りたい方はこちらを
では、京都
九条山へ
地方出身で寺社仏閣、京都の歴史風土にまだ興味の無かった駆け出しの頃、三条通からいつも山科へ抜け滋賀県へ向かっていました。この三条通沿いはそんな観光地感(今は少しホテルお店できていますが)がなく交差点『蹴上』あたりは浄水場があったり殺伐として見えていました。
その三条通『蹴上』の手前にある高級ホテル ウェスティン都ホテル京都。
交通量の多い道路沿いに高級ホテル??? の違和感が若き日の私にはありました。
Wikipediaより
1890年4月、油商の西村仁兵衛が華頂山麓に保養遊園地「吉水園」を創業。1900年に園内にて「都ホテル」を創業。以来、日本最大の観光地である京都の迎賓館として最高級ホテルとして君臨し続けてきた。1960年には村野藤吾の設計による現在の本館が完成。1966年にウェスティンホテルズと業務提携を行った[2]。
九条山
『九条山』という地名は無く一般に『九条山』といっている地域は,住所表記では山科区日ノ岡夷谷町と山科区日ノ岡一切経谷町にあたります。
地図の→の道を上がって行きます。
水道局の正門だったようです。
さらに道を進むと
黒い塀が出てきます。
坂本龍一、デヴィドボウイ、「桃源洞」そんな名前が聞かれた地。
旧九条山浄水場跡地
その黒い塀の向かいにあるのが旧九条山浄水場跡地。廃墟感たっぷりです。
ここが高級旅館(ホテル)に生まれ変わるという事です。
さらに道を進むと
ヴィラ九条山
活用されているのでしょうか?
ヴィラ九条山はアジア圏の歴史あるフランスのアーティストインレジデンス一つです。1992年の設立以来、国際的に名の知れた400人近くものレジデントが、滞在中だけでなく滞在後もフランスと日本の文化的対話を促進することに寄与してきました。
今年で29回目となるレジデント募集は2020年1月30日までとなっており、フランス国籍保有またはフランスに5年以上在住しているアーティストとクリエーターにだけでなく、この条件を満たす1名と共にプロジェクトを行う意志のある日本人アーティストにも開かれています。全ての芸術分野が対象となります。レジデントは、ヴィラ九条山のスタッフ及び日本におけるフランスの文化機関(アンスティチュ·フランセ6支部、アリアンス·フランセーズ4支部、及び1研究機関)のサポートを受け、関西地方だけでなく、日本全国の芸術·学術·文化関係者と仕事上の関係を結ぶことを求められています。
ヴィラ九条山は、アンスティチュ・フランセ日本の6つの支部の1つで、主要メセナである、ベタンクールシュエーラー財団と、アンスティチュ・フランセの支援を受けています。
https://www.villakujoyama.jp/
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奥にある市営墓地はどうなるのでしょうか?
気になります。
コメントありがとうございます。
浄水場跡地の奥に市営墓地があるのですか!
火葬場が将軍塚の方にあったような。
あのあたりよくわかってないです。